2006-01-01から1年間の記事一覧

風物詩

ふた月ぶりの集まりの机上、おのおの持参した多種多様なペットボトル飲料の、キャップだけが一様にオレンジ色だった。

乱調

長い信号待ちのあいだワイパーをとめて、フロントガラスにそそぐ雨粒の離合集散をながめている。街並みやテールランプがにじんで流れ下る。青信号を合図に溶けだした景色をぬぐって、すこし進みまたとまる、その何度目かに突然、いままでの五倍もあろうかと…

丘の"身"

冬至までひと月足らず。朝の暗がりで人家の灯りかと思ったそれは、夏のあいだ水も漏らさぬ密度を誇った木々の葉が落ちはじめて、林にあいた穴ごしに見える向こう側の空だった。ここ数日の本格的な北風でまばらだった穴はどんどん増えて互いにつながり、今朝…

えら呼吸

あえてひもをとめずにドアの外に立てかけておいた傘に、手を伸ばしたそのタイミングで風がはいって、ふうっと息をするようにそのひだをふくらませた。毛を逆立てる中型の動物にも見える。

シーソーバス

終点が近づくにつれて満員の乗客は順調に減っていき、とうとう4人だけがなぜか後2列にかたまって残されてしまう。あみ棚の荷物をおろしながら、最後尾の老夫婦の妻の方が、「うしろにかたまっとるでひっくりかえりゃせんかね」という口ぶりがあまりにもまじ…

はつ霜

朝未き、皮膚にはりつくようなノブをまわして外へ出ると、欠けはじめた月が西の空に切り絵のシャープさで浮かんでいた。周囲にちりばめられたオリオン、おおいぬ座に北斗七星、冬の大三角が、歩くにつれ東からだんだん明るむ空にとけていく。地の暗みにはほ…

落ち葉

高速道路の車窓ごし、風にまかれたケヤキの葉が併走しているように見える。午後の陽を受けてめまぐるしく回転する葉は、点滅をくりかえす光となって網膜に焼きついた。

相対

毎朝見る濃い青色のアサガオはまだつぼみを残しているものの、色がだんだんあせてきている。それは空の青が深くなったせいなのかもしれないし、緑だった葉が色づきはじめたせいなのかもしれない。

ひとだま

とっぷり日の暮れた木下道を歩くうち、前方に明滅する白いひかりを見た。 すこし身がまえて、目をこらしてみれば、それは衣替えで全身真っ黒になった女子高校生のもつ携帯電話の光が、ときおり頭にさえぎられてはまた現れるのだった。メールを打ちながら行く…

差分

屋根が斜めになっているプレハブ小屋の脇の坂をあがっていくと、目の下にきた屋根に長さの違う取っ手がついていた。持ち上げるときに平らになるように、斜めになっているぶんだけ長さに差があるのだと気がついてからというもの、プレハブを見るたびに、見え…

夏のしっぽ

いつもは一進一退、早く涼しくならないかなぁと望まれてやってくる秋なのに、急激にさめていく空気のなかをざあっと冷たい雨が通り過ぎ、その後は熟れていく果実のかぐわしさと、野焼きの煙のにおいで満たされていた。夏のしっぽが目に見える肉厚で幅広の包…

夜明けの洋燈

長々と降り続いた雨があがった明けがた、いまだに空の半分をおおう雲は雨を落としきって白く透きとおり、薄青い空に波打ちぎわのような裾をひいていた。橙色の花をたわわにつけた軒先のノウゼンカズラが白い壁を夏の明るさで照らしている。

針が折れそう

ほとんど真上から照りつける強烈な日差しが、ものの影を路上に焼きつけている。ふだんは気にならない電線でさえ、フロントガラスを右から左へ、左から右へとシャープな線を走らせる。この道を上から見たら、道路脇の緑の布をはぎ合わせようとしてからまった…

下へまいります

夕暮れのうす闇の窓に、逆三角形の半透明のボタンがついている、と思ったのは、向かい側のドアの飾り窓からもれる明かりの反映だった。ガラスごしに、下の通りでバスを待つ人たちの列が透けて見えている。 対になるはずの上りのボタンがない、たったひとつだ…

合奏

昼下がりの印刷室に人の姿はなく、ただ1台だけ印刷機が淡々と動いていた。のこりの2台のスイッチを入れて印刷をはじめると、それぞれ微妙に異なるリズムで紙をはき出す音がからまりあって、前衛的な打楽器アンサンブルを思わせる。

人の手にて

長いこと放置されて少したるんだゴム風船におっかなびっくりはさみを入れると、案に反して破裂はしなかった。ぱっくりと開いた切り口からスローモーションで空気が抜けていき、それから一拍おいて火にあぶられたラップのようにくしゃくしゃと縮まっていく。…

タイムリープ

連休中しばらく見なかったら、通勤路の緑が予想外に深く濃くなっていて、大事なところで本を一ページ読み飛ばした気分になった。

うつせみ

入院を知らせる電話の最中、携帯電話がふるえて30秒後に電源が切れると警告してきた。のこされた30秒でなんとか会話をきりあげると、直後、再びぶーんとうなりをあげて、それを最後に画面が暗転した。てのひらに余熱を感じながらぱたん、ととじると、電池の…

夜の嵐

雨音をバックに流れるピアノを雷鳴がかき消した。たてつけの悪い窓ごしに強風が障子をかすかにふくらませる。先週暖気にうかれて髪をきったせいで、むき出しになった首すじがすこしさむい。 めざめよと呼ぶ声ありて春の来る

天に積め

つい先週、鯨幕がはりめぐらされていた低い塀ごしに、今朝みた庭は、いちめん真新しい砂利がしきつめられ、物干しだけがにゅっと2本、立っていた。毎朝とおりすがりにながめた苔むす庭石も、丹念に刈り込まれたサツキも、冬枯れをしらぬげなリュウノヒゲも、…

小鳥群れとぶ

風に背中をおされるようにして坂道をのぼっていくと、自転車にのった高校生の一団とすれ違った。 笑いさざめきながら追いつ追われつ下っていくのが、ヒワかエナガの群のようで、振り返って見送れば、あかるい色のコートが風にあおられて翼のようにはためいて…

春の食事

洗濯物を干していると、ぴりりと可憐な声がしたので手をとめてあたりをうかがうと、マサキの垣根のなかを上下するふたつの影がみえた。しばらくそのまま待つと、ひょいと表面の枝に出てきたのはメジロだった。抹茶色のあたま、黄色ののど、そして目のまわり…

初鳴き

朝起きてぼんやりCDを聴いていると、音のあいまにウグイスの声がしたような気がした。まさかこんな時期に、と思っているうちにまた聞こえて、あわててステレオの停止ボタンを押す。ほてちょ、ふてちょ、と相当にたどたどしいながら、てちょてちょてちょと谷…

相転移

昼すぎ、雨に白いものがまじりはじめた。ゴルフボールほどの大粒の綿雪が、細かい雨のあいだをことさらゆっくりと舞い降りてくる。それが天から放られた白球のようで、窓ごしに軌跡をつい目で追ってしまう。 みぞれは半日降りつづき、仕事を終えて駐車場まで…

沼のにおい

季節はずれの生ぬるい風をほほに感じながら日の落ちた廊下を行くと、曇りガラスにうつる非常ベルの赤ランプが、白濁した水の中からこちらを見つめる未知の生物の瞳に見える。

雪に鱗粉

放射冷却でくっきりと冷えこんだ朝、このあいだの雪の残りが朝日をうけて鱗粉をまぶしたように光っている。歩くにつれてこまかな光は丸みをおびた表面をなめらかに流れ、雪塊が動いているような錯覚におちいる。むかし佐渡で買った石がたしかこんな光りかた…

やしなう

赤いポリタンクは季節によって違うものに見える。両腕に下げてバランスを取りながら階段をのぼり、とろとろと朱色の炎をゆらしている黒い鉄製のストーブにたどり着いたら、まずかじかんだ手をあぶる。感覚が戻ったら給油口のふたを取り、ポリタンクを傾けて…

きざし

雪のきざしをたたえた空は、戦時中黒くした塗壁を、上からまた白く塗り直した色をしている。窓から駐車場がまだらにみえたので、早々にまいた塩カルが溶けて乾いたのかと思ったら、目にとまらないくらい細かな粉雪が、音もなく降っているのだった。風がない…

凍てつく

糸のように細くたらした水道の水が、流しから逆向きのつららとなって伸びあがっている。このまま成長を続けてやがて蛇口に達したらどうなるのだろうと、しばらく考えてからコックをひねった。

ひとの住む

市街地の渋滞を避けてのぼった丘陵の抜け道から盆地をのぞめば、強い北風に引きちぎられた雲の合間から傾いた日が差し込んで、あちこちからのぼる野焼きの煙を照らし出す。山々のあいだにつかのま開けた人の住みかのなつかしさが寒さとともに身にしみる。