甘い情景

しばらくは抜け道のない谷間の道で自然渋滞につかまってしまった。あきらめの息を吐いて、シートにもたれ、ワイパーを止める。 十分にあたたまったフロントガラスに、おりからの淡雪が降りかかってはほろりと砕け、砕けては溶ける。舌先にほどける綿あめを思…

同じ雪

季節はずれの本格的な降雪で、高速道路は事故やらチェーン規制やら通行止めやらでひどく渋滞している。 前にすすめず後ろにも退けず、つれづれにヒーターに曇った窓を指先でぬぐうと、はるか高架下に俯瞰する空き地で、子どもたちが背丈ほどもある巨大な雪玉…

はつ霜

朝未き、皮膚にはりつくようなノブをまわして外へ出ると、欠けはじめた月が西の空に切り絵のシャープさで浮かんでいた。周囲にちりばめられたオリオン、おおいぬ座に北斗七星、冬の大三角が、歩くにつれ東からだんだん明るむ空にとけていく。地の暗みにはほ…

夏のしっぽ

いつもは一進一退、早く涼しくならないかなぁと望まれてやってくる秋なのに、急激にさめていく空気のなかをざあっと冷たい雨が通り過ぎ、その後は熟れていく果実のかぐわしさと、野焼きの煙のにおいで満たされていた。夏のしっぽが目に見える肉厚で幅広の包…

夜明けの洋燈

長々と降り続いた雨があがった明けがた、いまだに空の半分をおおう雲は雨を落としきって白く透きとおり、薄青い空に波打ちぎわのような裾をひいていた。橙色の花をたわわにつけた軒先のノウゼンカズラが白い壁を夏の明るさで照らしている。

相転移

昼すぎ、雨に白いものがまじりはじめた。ゴルフボールほどの大粒の綿雪が、細かい雨のあいだをことさらゆっくりと舞い降りてくる。それが天から放られた白球のようで、窓ごしに軌跡をつい目で追ってしまう。 みぞれは半日降りつづき、仕事を終えて駐車場まで…

きざし

雪のきざしをたたえた空は、戦時中黒くした塗壁を、上からまた白く塗り直した色をしている。窓から駐車場がまだらにみえたので、早々にまいた塩カルが溶けて乾いたのかと思ったら、目にとまらないくらい細かな粉雪が、音もなく降っているのだった。風がない…

はつゆき

車のドアを閉めて、冷たい外気にずっとふせていた顔を上げると、視線のさきの山が白い雪ぐもをかぶっている。駐車場に着く頃には横なぐりの風に白いものが混じりはじめ、みるみるうちに綿をちぎったような大粒の雪になった。逃げ込んだ店のガラスごしに見上…

赤い星、金の星

月を隠した雲は不思議な白さで頭上を覆い、山ぎわだけ帯状の夜空がのぞいている。東に火星、西に金星、細かい雨はかすかに降りつづいて、ぬれた落ち葉の匂いがする。

台風一過

朝、窓を開けたらめまいがするほど青い空が広がっていて、これは秋の色だと思う。台風一過のグラフが楽しい http://d.hatena.ne.jp/keywordstats/%c2%e6%c9%f7%b0%ec%b2%e1?type=refcount&range=400

短歌日記 大気をわかつ面

夏至を過ぎたとはいえ、夕方はなかなか暗くならない。わかっていても、あたりが明るいうちに帰路につくとなんとなく後ろめたい。やっと日が陰った道を歩きながら、まだ明るみを残す空をふり仰ぐと、すでに暗がりに入った低空の薄い雲のあいだに、そのさらに…

けものみちを避けて

昨日から夜にかけて降った強い雨のせいで、そろそろ盛りを過ぎつつあるアジサイの花が寝乱れた浴衣美女みたいになっている。 ずっと降っていなかったところに急に降ったので、山道は要注意かも知れない。毎週峠を越えるのに同じ道を通るのが退屈なので、地図…

久しぶりの雨

目を覚ますと、実に数十日ぶりの雨が降っていた。空梅雨もこれで終わるといいけど。きちんと雨が降らないと美味しい果物ができない。 昨日まで一様に上を向いていたあじさいが、葉に雨を受けて重たげにかしいでいる。雨が少ないせいか小さめだった花が、より…

枇杷色の月

降りそうで降らない、たれこめた雲と湿気を呪いながら暑い一日をすごして、やっと汗を流して窓辺で涼んでいると、東の空にひくく枇杷色の月が見えた。月齢13.6。ほんものの枇杷はといえば、まだ青いまま、梢の先で天をさしている。 ほころびはじめた庭のあじ…