峠より

山肌にとけ残った雪の繊細なひと刷毛と優美な稜線のうえに、あるかなしかの噴煙が立ちのぼり、手前の山は芽ぶき直前のいまにも吹き出しそうな気配をたたえてかすかにふくらんでいる。
路肩の雪は薄汚れ、春の光でうすめられて褪せたような空とまだ雪をのこした遠くの山なみとは、はるか彼方でほとんどとけあっていた。

つぼみにおう

日に日にふくらむつぼみは今日、にえきらない曇天の下で、光によって漂白されないぶん思いがけず色濃く浮かびあがっている。ほころべばしだいに淡くなる花色を思いながら、風に揺れる枝をみている。

草食

高速のトンネルを出たところで赤色点滅灯をのせた黒い覆面パトカーと、それに従えられた地元ナンバーの車が路肩によってとまっていた。ライオンに噛みちぎられている仲間をよけて走るインパラの気分で、無関心を装って横をすり抜けたあとで、さすがに不謹慎にすぎると思う。

車窓

遠くに見える山はいつまでもそこにあって、もうすこしこちらのビル、まばらな木立、その手前の家、眼前の電信柱と、順にスピードを増していく。左に大きくカーブする軌道上、巨大な円盤の縁にたって、それが猛スピードで回転するさまを見ている錯覚にとらわれる。