Quo Vadis

窓ぎわの棚にならんだ本で裾をおさえられたカーテンが、乾いた風をはらんで帆布のようにふくらんでいる。部屋の奥深くさしこむ朝の陽ざしに白く輝くさまにみとれながら、足もとの板張り一枚へだてて、静止している建物がそのまま海上へ滑りだすのをまなうらにえがいている。

減反

夏至が近い。田ごとに映りこむ風景は稲の生長につれて紗がかかり、おぼろになっていく。そんななか時々半分ほど苗を植えずに残された水面には、いまだに雪を残した山並みがくっきりと稜線を浮かび上がらせていて、その澄明さが痛々しい。
幼いころから見慣れたこのねじれた水鏡も、今年を最後に姿を消すかも知れないという。

名残

廊下を歩いていると金色のコーティングをした針金入りのリボンが落ちていた。ああそういえば昨日はバレンタインデーだった、と他人事のように思っている。
針金はその名を「エスタイ」というらしい。

鉄のぬくもり

夜半、坂を上がって駐車場にのり入れると、大きく上下したヘッドライトが隣人の車の下に集う猫たちの身じろぎするさまを照らし出した。お隣もどうやら少し前に戻ったばかりらしい。あの猫たちが今度はこの車の下に潜り込むのを想像しつつ、サイドブレーキをひいた。

水槽

めっきり日暮れが早くなった窓は濃い闇をたたえて、つややかに終業時の室内をうつしとっている。降りしきるつめたい雨の音を聴きながらカーテンをひけば、自分の顔が、手が、白い魚影じみてガラスをよぎっていく。