情景

小鳥群れとぶ

風に背中をおされるようにして坂道をのぼっていくと、自転車にのった高校生の一団とすれ違った。 笑いさざめきながら追いつ追われつ下っていくのが、ヒワかエナガの群のようで、振り返って見送れば、あかるい色のコートが風にあおられて翼のようにはためいて…

沼のにおい

季節はずれの生ぬるい風をほほに感じながら日の落ちた廊下を行くと、曇りガラスにうつる非常ベルの赤ランプが、白濁した水の中からこちらを見つめる未知の生物の瞳に見える。

雪に鱗粉

放射冷却でくっきりと冷えこんだ朝、このあいだの雪の残りが朝日をうけて鱗粉をまぶしたように光っている。歩くにつれてこまかな光は丸みをおびた表面をなめらかに流れ、雪塊が動いているような錯覚におちいる。むかし佐渡で買った石がたしかこんな光りかた…

やしなう

赤いポリタンクは季節によって違うものに見える。両腕に下げてバランスを取りながら階段をのぼり、とろとろと朱色の炎をゆらしている黒い鉄製のストーブにたどり着いたら、まずかじかんだ手をあぶる。感覚が戻ったら給油口のふたを取り、ポリタンクを傾けて…

凍てつく

糸のように細くたらした水道の水が、流しから逆向きのつららとなって伸びあがっている。このまま成長を続けてやがて蛇口に達したらどうなるのだろうと、しばらく考えてからコックをひねった。

ひとの住む

市街地の渋滞を避けてのぼった丘陵の抜け道から盆地をのぞめば、強い北風に引きちぎられた雲の合間から傾いた日が差し込んで、あちこちからのぼる野焼きの煙を照らし出す。山々のあいだにつかのま開けた人の住みかのなつかしさが寒さとともに身にしみる。

先導者

ふもとでは舞う程度だった雪が、峠にさしかかるとヘッドライトを照り返すくらいの厚みになって道を覆っていた。通い慣れた道が見知らぬ場所に見えてくる。前にも後ろにも他の車は見えない。ギアをセカンドに入れて下りにかかると、高速回転するエンジンがス…

雪山

日中優柔不断に小雪を散らしつづけた雲は暮れどきになってようやく去り、黒々とした東の前山のむこうに高峰がくっきりと姿をみせた。傾く日を受けて、原石から顔を出した薔薇石英のように輝いている。

光の当たる場所

うすい雲ごしの午後の陽は弱々しく、あたりの山々をくすんだ枯葉色に見せている。切り株だけが目立つ田んぼの中の農道をまっすぐまっすぐ走っていると、忽然と銀杏の木立が浮かび上がってきた。黒々と無骨なまでの幹の下に、そこだけ妙に鮮やかな金色の銀杏…

緑の水

秋のダム湖は紅葉直前の疲れた緑を映してどろりと重く、曲がりくねった狭い国道は橋とトンネルを連ねて谷の奥へ続く。連日の雨を集めて路肩すれすれまで水位は上がり、水をわける舟のように蛇行しながら車は進んでいく。

はるかにのぞむ光の噴水

クーラーで冷え切った身体を、昼間の余熱がのこる車内の空気に浸して高速道路を走っていると、まっすぐ伸びた車線の向こうに小さく小さく光の柱が噴き出すのが見えた。 花火って遠くから観るとこんな風に見えるのかと思いながら、それが子どもの頃やった、据…

薔薇の垣根は

シックな深いこげ茶の板塀に、赤いつる薔薇の小花がからむモダンなさまが気に入っていた近所の家で、建て替え工事が始まっていた。板塀があったところには住宅メーカーの作業用のシートが張り巡らされて、薔薇も板塀も跡形もない。だいぶ古びた家だったので…

河原の書斎

日暮れの近い河原のでこぼこ道を、車の腹を擦らないようにのろのろ進んでいくと、川岸の草地には先客がいた。白い車の横をすり抜けながら見やれば、Yシャツの前をはだけた男性がドアから片足を出してけだるげに雑誌を読んでいる。終業後の明るい夕べ、家族…

人身売買?レシート

よく行くスーパーには地元農産物コーナーがあって、曲がったキュウリや不ぞろいなタマネギや巨大なエリンギなんかがふつうのビニール袋*1に入って手書きのラベルつきで売っている。見た目は悪いけどけっこう新鮮でおいしくて地産地消にもなるとあって愛用し…

童心臨界点

つぶてのように傘をうつ豪雨の中、家路をたどる。街灯も側溝もない黒々とした細道には水たまりというより小川が待ち受けていて、足を踏み出すたびになま暖かい水が間抜けな音を立てて指の間をすり抜ける。水を避けて歩くのをあきらめたあたりから、だんだん…

ささのはさらさら

スーパーへ行ったら、毎年恒例の七夕コーナーができていて、色とりどりの短冊にお客が願い事を書いてつけられるようになっている。「泳げるようになりますように」とか、よたよたとかわいい字で書いてあってほほえましい。が、肝心の笹がプラスチックのまが…

ひるの憩い

さあお昼を食べようと弁当を広げたところに折り悪しくごみ収集車がやってくる。あわてて窓をしめたはいいが、エンジン音がとぎれたまま、なかなか収集する音が聞こえない。不思議に思って窓から見下ろせば、回収業者のおじさんもまた、お昼の時間なのだった…